2017/03/31

智慧と知恵

昨日は天王寺にある一心寺というお寺に手を合わせに行ってきました。

わたしの祖母と両親、そして妻のお父さんがこちらのお寺で永大供養してもらってます。

ご存じの方も多いとは思いますが、こちらのお寺は宗派関係なく、供養してもらえるありがたいお寺。

去年、母が亡くなり、こちらに納骨するつもりなんですが、まだ、遺骨は家の仏壇にあります。

なんと言ったらいいのか、遺骨があると安心するというか、まだ母がいてくれているような気がして。

納骨しないままではいけないと分かってるんですが・・・。

気持ちの整理をして早く母を祖母と父のところに送らないとね。

祖母と父には、「母がそちらに行くのはもうちょっと待ってね!」っと、わがままなお願いをしてお寺を後にしました。


お寺の本堂の脇には、いつもそのときどきの言葉が書かれているんですが、この日は特に気になって、何気なく写真を撮って帰ってきました。


今日、一心寺の今月の言葉の意味を調べてみました。

「智慧(ちえ)を欠いて静まらず百年生きながらえるより 智慧をそなえ禅を行ない一日生きるほうがまさる」

智慧とは「仏の力によって、自身の愚かさ、恥ずかしさ、罪深さに気づかされて、目覚めさせてくれるもの」らしいです。

人間の知恵とは、知識や教養を身につけるもので、知恵をたくさん持てばどんどん偉くなっていくものなんですが、智慧は「実るほど頭が垂るる稲穂かな」のように、智慧をもらえばもらうほど謙虚な気持ちになっていくということのようです。

「人間は、智慧を無視して長生きするより、一日一日自分の愚かさ、恥ずかしさ、罪深さに気づき謙虚であれ」っということなのかな。

なんでこの日に限って写真を撮ろうと思ったのかな?

きっと、仏がわたしにもっと智慧によって、この先謙虚な心を忘れるなということなのかな。

知らない間に謙虚さを欠いた生活をしてたのかも知れませんね。





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